有馬晴信の生涯
肥前国の戦国大名で熱心なキリシタン大名。洗礼名はプロタジオ。沖田畷の戦いでは島津氏と連合して龍造寺隆信を討ち取る大功を挙げた。関ヶ原では東軍に属して所領を安堵されたが、岡本大八事件に連座して甲斐に流罪の後、切腹を命じられた。
— キリシタン大名 —
| 名前 | 有馬晴信 |
|---|---|
| 本名・幼名 | 晴信 |
| 異名 | キリシタン大名 |
| 生年 | 1567年 |
| 没年 | 1612年 |
| 出身 | 肥前国(佐賀県) |
| 勢力 | 島津 |
| 役職 | 大名 |
肥前国の戦国大名で熱心なキリシタン大名。洗礼名はプロタジオ。沖田畷の戦いでは島津氏と連合して龍造寺隆信を討ち取る大功を挙げた。関ヶ原では東軍に属して所領を安堵されたが、岡本大八事件に連座して甲斐に流罪の後、切腹を命じられた。
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戦国図鑑アプリを見る有馬晴信は肥前国(現在の佐賀県)の出身です。
有馬晴信は沖田畷の戦い、関ヶ原の戦いに参戦しています。
有馬晴信は「キリシタン大名」と呼ばれています。